第15回 大阪府内科医会市民講座
女性と医師が語り合う会
2013年12月、日本食、すなわち和食が世界遺産に登録されたのは皆さんご存じだと思います。和食は食材の持ち味を尊重した栄養バランスの良い健康的な食事であるだけでなく、日本の四季の移ろいも表しているということが大いに評価されたものであると聞き及んでいます。そんなすばらしい和食のある日本ですが、OXFAMの世界の健康な食事ランキングをみると、何と日本は21位で、米国並ということでした。その理由として、日本ではハンバーガー、フライドチキン、牛丼などのファストフードが増えており、若い人の和食離れが起こり、このために肥満と糖尿病が今が激増しているということが大きな理由ということでした。
今日のテーマ「いつまでも美しく健やかに」は、今、流行の言い方に置き換えるとアンチエイジングということになると思います。ただ、アンチエイジングといっても、お肌をきれいにという見かけのことではなく、体の中、具体的には血管の老化を防ぐアンチエイジングのことです。 健やかに生活する上では体の中のアンチエイジングこそが大切であり、そうすると自然とお肌もよくなってまいります。 今日は特に食事に焦点をあてて話をしたいと思います。
老化を促進する物質
体の中の老化を促進する物質が幾つかあります。その中で最近注目されているのがAGE(最終糖化産物)という物質です。AGEという物質は、健康でも加齢とともに体の中に蓄積され、その蓄積するスピードが速いほど老化が進んできます。このAGEは血糖値が高ければ高いほど蓄積しやすいことがわかっており、糖尿病の人は非常に老化しやすいと言えます。血糖値が高いと、体中のたんぱく質にブドウ糖が結合しますが、糖が結合したタンパク質は変性を起こし硬く脆くなります。これを糖化反応といい、それが最終的にAGEというものに変化します。このAGEは一種の異物ですので、これを除去しようと体のなかの免疫細胞が活性化しますが、そのときに様々な炎症性物質が放出されます。その中で細胞に障害を与える物質に活性酸素があります。この活性酸素がさまざまな細胞にダメージを与えます。AGEが蓄積し活性酸素がふえると、全身の血管が障害されて老化が進んでいく。また皮膚や骨の老化も進みます。
もうひとつ血管の老化すなわち動脈硬化を引き起こす大きな要因がコレステロールです。コレステロールはいくつかの種類に分類されますが、その中でもLDLコレステロールは動脈硬化を促進することから悪玉コレステロールとも呼ばれます。一方、HDLコレステロールは動脈硬化を抑える作用があることから善玉コレステロールとも呼ばれます。
AGE、活性酸素、そしてLDLコレステロールなどが体の中に蓄積することによってヒトはだんだん老化していくわけです。
アンチエイジング(老化しない)ための食生活
アンチエイジング(老化しない)ための食生活はいいかえると、血糖値をあまり上げない食生活、LDLコレステロールをためない食生活ということになります。また活性酸素をふやさない食生活でもあります。しかし、現在の食生活というのは残念ながらアンチエイジングとは正反対なものです。これからその問題点を見ていきましょう。
栄養素のバランス、質を考える
食事を考える時にはまず栄養のバランス、そしてそれぞれの栄養素の質を考えたいものです。栄養素には三大栄養素の炭水化物、脂質、蛋白質があり、それ以外に食物線維やビタミン、鉄などの微量金属類があります。これらについて順番にお話をします。
①炭水化物
炭水化物と糖質という単語があり、よく混同して使われます。ほとんど同じ意味なのですが、
炭水化物というのは基本的には糖質と消化をされない食物線維を合わせたものとして考えます。 さらに糖質は多糖類、2糖類、ブドウ糖のような単糖類に分けられます。糖質を摂取すると血糖値が上がりますが、食物線維では上がりません。ですから炭水化物はその種類により血糖の上がる程度は様々です。ブドウ糖を摂取したときの血糖の上昇を100として、それぞれの食品を同量摂取した際の血糖上昇の度合いを示す指数をglycemic index(GI)といいます。例えば白ご飯なら72、玄米にしたら66、白ご飯よりも玄米のほうが血糖値は上がりにくいということになります。また普通の白い食パンの69に対してライ麦パンは57とライ麦パンなどのほうが血糖値は上がりにくい。また、ジャガイモは80と血糖値は上がりやすいことがわかります。大豆やナッツなど豆類は15前後と非常に低めです。果物ならリンゴの39に対してバナナは62とバナナのほうが血糖値が上がりということになります。このGIは調理法によっても変わり、報告によっても差がありますので、あくまでも一つの目安です。できるだけ血糖のあがりにくい炭水化物を中心に食べることをオススメします。
②脂肪
最近の糖尿病や肥満人口の増加には動物性脂肪の取り過ぎが原因であると考えられます。脂肪が必ずしも悪い訳ではありません。 健康によい脂肪とそうでないものがあるのです。 一般に脂肪は脂肪酸のかたちで体に吸収されますが、脂肪酸は飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸に分類されます。牛肉とか豚肉の脂は飽和脂肪酸でこれが動脈硬化を促進します。一方、不飽和脂肪酸は一価不飽和脂肪酸と多価不飽和脂肪酸に分かれます。一価不飽和脂肪酸の代表はオリーブオイルでインスリンの働きを良くすると言われています。 多価不飽和脂肪酸はω6とω3というグループに分かれます。このω3にはDHA、EPAなど魚脂に多く含まれ抗動脈硬化作用があります。ω6はサフラワー油など植物性油、ナッツ類もここに入ります。できるだけ飽和脂肪酸ではなく不飽和脂肪酸を摂ることが健康に良いと推奨されます。 ただこのように体に良い不飽和脂肪酸なのですが、そのなかに人工的に加工してつくったトランス脂肪酸というものがあり、マーガリンとかファストスプレッド、ケーキによく使うショートニング、マヨネーズ等々に、粘りをだすつなぎとして含まれていますが、このトランス脂肪酸が動脈硬化を促進することが最近明らかになりました。すでにアメリカのニューヨークでは飲食店でトランス脂肪酸を使った食品を出してはいけないという条例が施行されています。日本ではまだそこまで規制されていませんがこのような食品の取り過ぎには十分注意したいものです。
体によい良質な脂がとれる料理とはズバリ地中海料理です。オリーブオイルをたくさん使い、魚介類が多い、ビタミンCがとれるレモン使います。またナッツ類も多く、このような料理を食べている人は動脈硬化を起こしにくいという調査結果も報告されています。
③たんぱく質
たんぱく質は主に魚や肉類、乳製品、大豆などに多く含まれています。最近は肉ではなく魚を健康の為にたべましょうということが良く言われますが、果たしてお肉は本当に健康に悪いのでしょうか? 実はそんなことはありません。肉自身は全然悪くありません。 健康に悪いのは肉の脂肪分であり、赤身は大丈夫です。肉料理を避けていると、ちょっと聞きなれない言葉ですけれども、サルコペニアになってしまいます。サルコというのは筋肉です。ペニアは少ない。体の筋肉量が減り筋力の低下した状態を指します。そうすると、転倒しやすく骨折など寝たきりの原因になります。 筋肉というのは糖を取り込んでくれる大切な臓器ですから筋肉量が減ると糖尿病にもなりやすいのです。肉を食べないと筋肉が落ちてきますので、ちゃんといいお肉を食べましょう。いいお肉というのは値段の高い霜降り肉ではなく脂身の少ない赤身のフィレ肉のことです。
④野菜
さて、野菜もしっかり食べましょう。野菜は、食物繊維、ビタミン、カルシウム、鉄、そして様々な抗酸化物質が含まれており、1日350グラムが目標です。野菜を食べる時はその色に注目しましょう。「赤」はトマト、赤ピーマンなど、リコピンという抗酸化物質がたっぷり含まれ、ビタミンCも豊富です。「黄」はレモンや柑橘類のビタミンC、黄色ピーマンはβカロチンが豊富です。「白」はキノコ類で、ビタミンDやビタミンB2が含まれています。「緑」はほうれん草、小松菜で鉄分、βカロチンなどが豊富に含まれています。「青」はナスビ、これはアントシアニンという抗酸化物質です。また、「黒」はひじきとか海藻類、昆布で鉄分や繊維が豊富です。このように豊かな配色の食事を心がけましょう。 ただ野菜といってもジャガイモ、里芋、カボチャなどは炭水化物が多く米、麺類、パンと同類ですので要注意です。 サラダといっても、ポテトサラダやマカロニサラダは血糖を上げてしまいます。
⑤間食の問題
さて次の問題点は単純糖質、甘い物の増加です。これも大きな問題です。また甘くなくてもポテトチップやお煎餅、果物も問題です。これらも全部、炭水化物ですので消化されると糖として吸収されます。
ところで「おやつ」というのは何でしょうか? 昔は1日2食でお昼ご飯を食べる習慣はありませんでした。お百姓さんが昔の和時計で八つ時(やつどき)(現在の午後2時)に休憩するときに、後半の農作業の体力保持のためにとっていた軽食のことを「おやつ」と言っていたそうです。 「え? おやつは3時じゃないの」という声が聞こえそうですが、実は3時におやつというイメージは戦後に定着したようで、そんなに古いことではありません。「カステラ1番、電話は2番、3時のおやつは文明堂」というカステラのTVコマーシャルでおやつ=3時が定着したということです。
さて間食とは1日3食以外のものは全てを指します。できるだけ3食以外には食べない方がいいのですが、どうしても食べたくなったときはどんなものを選んでいけばいいかということをお話しましょう。まずスーパーで買うときには必ず商品の裏を見てカロリーや炭水化物量をチェックしましょう。その中でできるだけ低カロリーのものとか、低糖質、糖質の少ないものを選んでいただくといいでしょう。余談ですが、おなかがすいているときに買い物をしないということも大切です。おなかがすいていたらついたくさん買ってしまいますので、できるだけ食後に買い物に行っていただいたほうが食後の運動にもなりますし、余分なものは買わないということになります。
どのくらいなら間食として食べて良いかという質問を良く受けますが、だいたいピーナッツやおかき類やスナック菓子など袋から出して食べるものはついついたべすぎてしまいます。 手秤(てばかり)で大体片手に載るものだけにしておくというのが健康な間食の量です。手のひらに乗る分だけとりだし後は袋に閉じて棚にしまっておくことにしましょう。殻付きピーナツだったら両手にいっぱいぐらいでもいいでしょう。果物ですと拳を握ったグーの大きさぐらいが適当な量です。
さらに間食をとる時間も大切です。夕食後、寝る前には食べない。食べるなら昼食後のデザートとして食べることをお勧めします。または午後3時までに食べ、食べた後はウオーキングをしたり家事をしたり、買い物に行ったりと運動でエネルギーを消費することが肝要です。散歩に行ってから食べるよりも、食べてから散歩に行き、食べたものを燃焼させるということが大切になります。
食べる量を減らす、回数を減らすなどやはり間食は我慢しなければいけないのではないかと考える方がおられるでしょう。ここで考え方をすこし変えていただく必要があります。食べるのを我慢するというよりも、値段の安い大きなまんじゅうを毎日食べるのではなく、高級な美味しい小ぶりな和菓子を3日に1回食べるようにしましょう。そのほうが絶対おいしいし、体にも優しいのです。ぜいたくをしたほうがいいんですよ。ダイエットしようと思ったらグルメになったほうがいい。ジャンクなものでお腹をいっぱいにするほど損なことはない、、これは僕の持論です。
⑥清涼飲料水やアルコールなど嗜好飲料
最後に飲み物にも注意が必要です。コーラやサイダーが多く糖を含んでいることは皆さんご存じでしょう。 でもその量はあまりご存じありません。 炭酸飲料の糖濃度は8~10%のことが多いのですが、これを角砂糖(1コ4g)に換算すると500mlのペットボトルで10~12個も入っています。気を付けないといけないのはスポーツ飲料 これも実は糖濃度が高いものがあり、7~8個、また最近の野菜ジュースもずいぶん昔に比べ美味しくなりましたが7~8個入っているものが少なくありません。
糖質オフのビールも要注意です。普通のビールは1本で大体150キロカロリーですが、糖質70%オフでも100キロカロリーはありますので、糖質オフだからといってたくさん飲んでいるとカロリーオーバーになります。カロリーオフというのにも要注意、法律で100mlで20キロカロリー以下ならカロリーオフと表示していいのです。最近人気のあるビール風味の飲料のオールフリーはアルコールも0なのでカロリー0です。 人工甘味料の飲料はカロリーがほぼゼロですが、そのようなゼロカロリーの飲料を飲む習慣のある人(1日2リットル以上)と飲まない人を数年間経過を観察したところ、毎日飲む人は、飲まない人に比べてカロリーゼロのはずなのに腹回りが4.7センチもふえたという調査報告があります。まだなぜかというのはよくわかっていませんが、一つの仮説として、飲料自体はカロリーはないけれども、ダイエット飲料を飲んでいるとほかにカロリーを取り過ぎるようになる可能性があるのではないかということです。
⑦食べ方について
なにを食べたらよいかというお話をしてきましたが最後に食べ方についてお話したいと思います。食べる順番を工夫するということでできる食べる順番ダイエットが最近話題になっています。これについてはちゃんとした研究結果が報告されています。ご飯を先に食べてサラダを食べた場合とサラダを先に食べた場合で、食後の血糖値の上がり方が明らかに違い野菜を先に食べることで食後血糖の上昇がなだらかになることがわかっています。
もう一つは、魚を先に食べるというのも大切です。魚を食べると、腸管上皮からインクレチンというインスリン分泌を増強するホルモンが出ることがわかりました。魚を先に食べてからご飯を食べると、インスリン分泌がよくなるので、血糖値の上がりがなだらかです。まず始めに野菜を食べて、それから魚、肉、最後にご飯・麺類という順番に食べていただくと、血糖値の上がり方がなだらかになります。 ただ、小学生ぐらいまでは日本人特有の味覚を育てるといった食育の観点から、一口づつご飯を食べ野菜を食べ肉・魚を食べてという順番をぐるぐる回す食べ方が良いでしょう。ただ大人は先に野菜を食べて魚を食べてご飯を食べる方が、体重をコントロールする上で有利であると思います。
また、しっかり噛むことも重要です。同じカロリーの食品でも液状にして噛まずに流し込んだ場合と普通にしっかり噛んで食べた場合と比較すると噛んで食べた方が食後のエネルギー燃焼効率が高いということも報告されています。また、おいしい食事をしたときとまずい食事の場合では、同じ素材でも食後のエネルギー燃焼効率がおいしいと感じたときの方が高いということもわかっています。おいしいものを食べたほうが、食べた物がよく燃えてくれるのです。やはりおいしいものを納得して食べることが大切です。
⑧食べる時間について
食べる時間も重要です。人間には体内時計による体内リズムが存在します。夜は脂肪を燃焼させる交感神経系が休む時間帯であるため食後の脂肪燃焼効率が低下し、また脂肪をため込むB-MAL1という物質が活性化する時間帯でもあるため、朝より夜に食べると太り易いのです。間食だけでなく夜遅く食事をすることはできるだけ避けましょう。最近報告された研究では1日1400キロカロリーのダイエットをする場合、朝食700kcal、昼食500kcal、夕食200kcalという朝食がっつり組と朝食200kcal、昼食500kcal、夕食700kcalの夕食がっつり組に分けて3カ月継続した結果、朝がっつり組の方が、同じカロリーなのに体重の減りが良く、腹回りも5センチ差がつきました。また1日を通しての空腹感も朝がっつり組の方が少ないことがわかりました。 さらに英国の疫学調査では、朝食を食べない人と朝食をしっかり食べる人を5年間観察した結果、朝食を食べない人の方が肥満していることが明らかになりました。また、朝食を食べない人、深夜に食事をする人は1日3食ちゃんと食べている人に比べて心筋梗塞などの心血管障害に1.6倍もなりやすいといった報告もあります。朝ご飯を食べること、3食ちゃんと食べるとは健康を維持していく上での鉄則です。
今回のお話は要するに量から質へということです。質のいいものを少量食べる。それでおいしいものを味わうと。このことは今から300年前江戸初期に生きた貝原益軒の『養生訓』にちゃんと書いてあります。養生訓の中で「おいしいものを少し味わう楽しみは、腹いっぱい食べる楽しみと同じであると、かつ、後の災いもなし」と先見の明があるというか、、我々は300年間全然進歩していないということになるわけです。この文章を発見したときには、この人は本当に偉いなと思いました。 このエピソードをご紹介して私の話を締めくくりたいと思います。